気分で“選ぶ色”は変わる?――うつ・不安・喜びと色の科学
はじめに
「今日はどんな色を選ぶか」で、自分の心の状態がわかるかもしれません。
心理学の研究では、落ち込んでいるときには“くすんだ色”を、前向きなときには“明るく鮮やかな色”を選びやすいことが示されています。
ただし、長く続く“好きな色”そのものはあまり変わりません。
色は気分を“治す薬”ではありませんが、私たちの心を整える環境づくりに大きく役立ちます。
本記事では、科学的エビデンスをもとに、「気分と色の関係」について解説していきます。
- 色と気分はなぜ関係しているのか
たとえば朝、服を選ぶとき。
「今日は明るい黄色の服を着たい」「なんとなく黒が落ち着く」――そんな直感は、実は心理学的にも裏づけがあります。
心理学でも、色が人の感情に影響を与えることがしられています。
これは単なる思い込みではなく、視覚刺激が脳の感情処理(扁桃体など)に働きかけることが神経科学的にも確認されています。
特に注目されているのが「色の明るさ」と「鮮やかさ」。
- 明るい色ほど「心地よさ(快)」を感じやすく、
- 鮮やかな色ほど「覚醒感(元気・活発さ)」が上がりやすい。
つまり、明るくて鮮やかな色=前向きでエネルギッシュな気分を引き出す傾向があるのです。
- 気分が落ち込むと「選ぶ色」も変わる
うつ・不安では「灰色」が増えるという研究
イギリス・マンチェスター大学の研究チームは、うつや不安の患者さんと健常者を対象に、「今の気分を表す色」を選んでもらう実験を行いました(Manchester Color Wheel研究)。
結果は、
- 健康な人は「黄色」など明るく鮮やかな色を選ぶことが多く、
- うつ病や不安症の人は「灰色」などくすんだ色を選ぶ傾向が強かったのです。
しかし、「好きな色」を尋ねると、どのグループも青が一番人気。つまり、気分が沈んでいても「青が好き」という長期的な好みは変わらないのです。
このことから、色の選択は「性格」よりもその日の気分をよく反映していると考えられています。
- 色と感情の“世界共通パターン”
国際的な研究(30か国・22言語の大規模調査)では、
人が特定の色に感じる印象には文化を超えた共通点があることもわかっています。
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色 |
よく結びつく感情 |
傾向 |
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黄色 |
喜び・希望 |
明るさと元気を象徴 |
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赤 |
愛・情熱・怒り |
強い感情を喚起 |
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青 |
安心・落ち着き |
平穏な感情と結びつき |
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黒・灰色 |
悲しみ・無気力 |
感情エネルギーの低下 |
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緑 |
安定・癒やし |
自然や安心感の象徴 |
世界のどの国でも、「黄色はポジティブ」「灰色や黒はネガティブ」と感じる傾向が高く、
これは人類共通の進化的・生理的反応によるものだと考えられています。
(例:暗闇は危険、光は安全、という古代からの感覚)
- 年齢や文化でも少し違う
一方で、文化や年齢による違いもあります。
たとえば、日本では「白=清潔・神聖」という印象が強いですが、
中国やインドでは「白=死・喪の色」として避けられることがあります。
また、高齢者ほどポジティブな色の連想が強いという研究も。
たとえば同じ赤を見ても、若者は「怒り・興奮」、高齢者は「温かさ・活力」と感じる傾向があります。
- 色は気分を“治す薬”ではない
「青を見れば落ち着く」「ピンクで幸せになれる」といった言葉を聞いたことがあるかもしれません。
確かに、照明や壁紙の色が気分に影響を与えることは多数の研究で報告されています。
しかしその効果はあくまで一時的であり、抑うつや不安を治療するほどの強い作用はないとされています。
心理学の総説でも、色の効果は「文脈(その場の意味)」や「個人差」に大きく左右され、
「この色でうつが治る」といった主張は科学的には根拠が弱いと指摘されています。
つまり、色は気分をサポートする“環境の味つけ”。
薬ではなく、“気持ちの栄養素”くらいに考えるのがちょうど良いのです。
- 生活に活かすヒント
① 気分を「色で記録」してみる
日記やアプリで、今日の気分を「色」で選んで残すだけでも、自分の変化に気づきやすくなります。
灰色やくすんだ色が何日も続くようなら、ストレスや抑うつのサインかもしれません。
心理士や医師に相談する“きっかけ”として活用できます。
② 部屋の色づかいで心を整える
- 集中したい場所(勉強部屋・オフィス):白・淡い青・明るい緑など「明度が高く・彩度控えめ」な色
- リラックス空間(寝室・リビング):ベージュ・くすみブルー・やさしいグレーなど「中明度・低彩度」
- 朝のスタートを元気に:カーテンや小物に少しだけ「黄色」や「コーラルピンク」を。
また、夜はスマホや照明の青白い光を控えると、眠りのリズムが整いやすくなります。
③ 自分だけの「安心色」を見つける
研究では、気分の変化はあっても“好きな色”は安定しているとされます。
ストールやカップ、スマホケースなど、いつも使うものを「好きな色」で統一しておくと、
無意識のうちに安心感を得られる人も多いようです。
- よくある質問(FAQ)
Q1. うつ病の人は本当に「灰色」を選びやすい?
はい。イギリスの研究では、うつや不安の人が「気分を表す色」として灰色を選ぶ割合が高く、健常者は黄色を選ぶことが多いという結果が出ています。ただし「好きな色」はほとんど変わりません。
Q2. 色を変えれば気分は良くなる?
一時的に気分を明るくする効果はあります。たとえば曇りの日に明るい服を着ると、少し元気が出るように感じるのは自然な反応です。ただし、色だけでうつ病や不安が改善するわけではなく、あくまで“サポート役”です。
Q3. 国や文化によって色の意味は違う?
共通する部分もありますが、文化によって異なる点もあります。たとえば日本で「白」は清潔の象徴ですが、中国では喪服の色です。色の感じ方には文化的背景が影響します。
- 「世界が灰色に見える」という言葉の科学的な意味
うつ状態の人が「世界が灰色に見える」と表現することがあります。
実際の実験でも、抑うつが強い人は青と黄の色の区別(ブルー–イエロー軸)がわずかに鈍くなる傾向が報告されています。
脳内のドパミンやセロトニンの変化が、網膜の色受容体に影響している可能性が指摘されており、
感情だけでなく知覚そのものにも影響が出ると考えられています。
まとめ:色は“心の鏡”であり、“環境の味つけ”
- 落ち込みや不安では灰色などくすんだ色を選びやすく、元気なときは黄色など明るい色を選ぶ傾向。
- 明るく鮮やかな色は「快」や「活力」を引き出しやすい。
- 文化や年齢で感じ方は多少違うが、共通の傾向も多い。
- 色は気分を整えるヒントにはなるが、治療の代替ではない。
色を“心のバロメーター”として活用し、自分の変化をやさしく見守っていきましょう。