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夫婦で考える産後のメンタルケア

■はじめに

出産は「うれしい出来事」であると同時に、心身にとっては大規模なストレスイベントです。

妊娠・出産を通じて、ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン・オキシトシン・プロラクチン)や自律神経のバランスが大きく変動し、慢性的な睡眠不足、痛み、甲状腺機能の変化、貧血、授乳や育児の新しい負担が重なります。こうした要因が積み重なると、気分の落ち込みや不安、イライラ、涙もろさ、罪悪感、意欲低下、集中困難、食欲や睡眠の乱れなどが生じやすくなります。

いわゆる「マタニティ・ブルーズ」は産後数日〜2週間ほどで自然に軽快することが多い一過性の揺れですが、症状が長引く・強い・生活に支障している場合は、産後うつや不安障害、強迫症状など専門的な支援が必要な状態の可能性があります。まれに幻聴や被害妄想、極端な興奮・混乱を伴う産後精神病という緊急性の高い状態もあります。

本稿では、産後のメンタルヘルスを「母だけの課題」ではなく夫婦の共同プロジェクトとして捉え、実践的な手立てをまとめます。

 

1. まず合意したい前提

  1. 敵は“相手”ではなく“課題”
    夜泣き、睡眠不足、家事育児の偏り——戦うべきはそれらの課題であり、互いではありません。
  2. チーム原則の明文化
    「責めない・比べない・決めつけない」「感謝は1日3回言葉にする」「困ったら早めに相談」の3本柱を貼り紙にして可視化。
  3. Iメッセージで話す
    「あなたはいつも…」ではなく「私はこう感じている/こうしてほしい」で伝えると、相手は防衛的になりにくく建設的に動けます。

 

2. “心のサイン”を見逃さない
母に出やすいサイン

  • 涙もろさ、罪悪感・無価値感、「良い母でなければ」という強迫的思考
  • 食欲・睡眠リズムの崩れ、過度な疲労感や焦燥
  • 赤ちゃんへの過度な心配・侵入思考(望まないのに傷つけてしまうのでは…など)
  • 楽しめない、ぼんやり、決められない、家事や育児が手につかない

父に出やすいサイン

  • 仕事への過集中や逆に意欲低下、飲酒の増加、苛立ち
  • 「役に立てていない」無力感、家庭からの回避

上記が2週間以上続く日常生活に支障自殺念慮幻聴・被害妄想がある場合は早めに受診を。産婦人科・小児科・精神科・地域の保健センターに相談窓口があります。

 

3. 回復の土台:「睡眠・栄養・安全」

睡眠

  • コアスリープの確保:連続90分×2セット(合計3時間)を“最低ライン”として夫婦で死守。
  • 夜間当番制:0時〜3時/3時〜6時など固定シフト。搾乳・ミルク・哺乳瓶洗浄の役割までセットで設計。
  • 日中の“仮眠枠”を予定表に入れる:15〜20分のパワーナップを1〜2回。

栄養

  • 作り置き・冷食・宅配弁当・ミールキットの積極活用(“手抜き”ではなく“最適化”)。
  • 水分・たんぱく質・鉄分を意識。貧血が疑わしい場合は検査・治療で体力回復が早まります。

安全

  • **赤ちゃんの安全睡眠(Safe Sleep)**の確認(うつ伏せ・柔らかい寝具・高温環境を避ける等)。
  • 大人の運転・高所作業・入浴時の転倒など、睡眠不足時の事故リスクを下げる工夫を。

 

4. 15分“カップル会議”のすすめ(週1回)

  1. 今週の良かったことを各自2つ挙げる(感謝を言語化)
  2. しんどかった場面を1つ共有(非難なし・共感優先)
  3. 来週の負担見積もり(通院・里帰り・出張・イベント)
  4. 家事育児の役割リバランス(固定化防止。料理→洗濯→寝かしつけ等の“丸ごと担当”でスイッチ)
  5. 緊急時の連絡先・受診目安を再確認(後述の“心の救急箱”)

ルール:15分タイマー、議事録はスマホの共有メモに1行ずつ。解決しない論点は「保留ボックス」へ。

 

5. “心の救急箱”を作る

  • 連絡先:産婦人科/精神科/地域の保健センター/身近な家族・友人/夜間・休日の相談窓口
  • 合言葉:「今は黄色信号」「赤に近い」など、しんどさを一語で伝える単語を事前に決める
  • 服薬メモ:現在の薬、アレルギー、授乳との両立可否は主治医と確認(授乳中でも使用可能な薬はあります)
  • 休息プラン:最短で“荷下ろし”できる家事(洗濯は乾燥まで回す/掃除はロボに任せる/食器は紙皿で代替など)

 

6. 役割分担は“可視化”すると揉めにくい
ホワイトボードやアプリで1日のタイムラインを見える化し、ワンオペ時間に上限を設定します。

  • 例:朝の身支度(父)/午前の抱っこ&散歩(父)/授乳(母)/哺乳瓶洗浄(父)/買い出し(外注or父)
  • 15分単位の家事を準備:ゴミ出し、洗濯物たたみ、哺乳瓶セット、宅配受け取り等。時間ができた方が“即時で拾える”ようにタスクを細かく刻むと滞りが減ります。

 

7. 夫ができる10のこと(例)

  1. 夜間シフトをカレンダーで固定
  2. 赤ちゃんの安全確認(寝床・室温・ベルト類)
  3. 授乳以外のすべての準備後片付け
  4. 母の食事・水分・間食の補給係
  5. 抱っこ・沐浴・寝かしつけの練習と主担当化
  6. 来客・実家・保健師対応の窓口
  7. 家計から外注枠を確保(宅配・家事代行・タクシー)
  8. 母の単独外出時間を週1で確保(30〜60分から)
  9. 感謝と承認を1日3回、具体的に言葉で
  10. 自分のメンタルも点検し、無理なら早めに相談

 

8. 不安・強迫的な“侵入思考”への対処
「赤ちゃんを落としてしまうのでは」「刃物で傷つけてしまうのでは」といった望まないのに浮かぶイメージは、強い不安と睡眠不足の中では珍しくありません。多くはエゴに反する内容で、実際の行動とは結びつきません。

  • 対処:①睡眠と休息を優先、②一人で抱えずに共有、③刃物・高所などきっかけの刺激を一時的に遠ざける、④専門家に相談。
  • ただし、具体的な計画性がある・衝動性が高い・現実検討が弱い(妄想・幻聴を伴う)場合は緊急受診が必要です。

 

9. 受診の目安と医療につなぐコツ

  • 症状が2週間以上続く、あるいは急速に悪化
  • 赤ちゃんや自分の安全が心配(自傷他害の恐れ、育児が回らない)
  • からだの不調(強い痛み、発熱、出血、甲状腺症状が疑われる動悸・ふるえ等)
  • 受診のハードルを下げる工夫:夫が予約・移動・会計を担当/家族が同行/オンライン診療の検討

 

10. 家族・地域資源を“先に”使う
「頼るのが苦手」は産後には不利です。使える支援は“先に”使うが鉄則。

  • 宅食・家事代行・ミールキット・ファミリーサポート・一時保育・実家の短期ヘルプ
  • 予算を毎月あらかじめ“支援封筒”に確保しておくと、心理的負担が軽くなります。

 

11. 予防と再発防止:小さなルーティンを積む

  • 朝の日光10分軽いストレッチカフェイン量の上限スマホの夜間ブルーライト制限
  • 週1の楽しみ(ドラマ1本、甘いもの、散歩、推し活)を“予約”
  • 「今週助かったこと」を3行日記に残し、互いに共有

 

12. ミニ・セルフチェック(目安)

  • ここ2週間、落ち込みや不安がほぼ毎日ある
  • 何をしても楽しくない/やる気が出ない
  • 眠れないのに横になると涙が出る・考えが止まらない
  • 自分や赤ちゃんを傷つける考えが浮かぶ
    該当が多ければ、一度相談を。産後は“早め早め”が回復の近道です。母乳と治療の両立はケースにより可能なので、諦めずに専門家へ。

 

まとめ
産後のメンタルケアは、意志の強さや根性の問題ではありません。生物学的変化+生活の激変という“高難度ミッション”を、夫婦と周囲の支援で構造的に解く課題です。

  • ルールを見える化し、
  • 睡眠・栄養・安全の土台を整え、
  • 15分カップル会議で“柔軟にリバランス”、
  • 心の救急箱でいつでも医療につながれる準備を。

赤ちゃんのために、そして何よりあなたたち自身が穏やかでいられるために。今日できる小さな一歩から始めましょう。