【医師監修】お酒は「百害あって一利なし」?精神科医が語る飲酒と心の健康
はじめに:適度な飲酒は本当に安全?
「酒は百薬の長」と言われる一方、精神科の視点からは「百害あって一利なし」ともいわれます。本記事では、完全な禁酒と1日1杯程度の飲酒を比較し、うつ病・不安障害・認知機能・依存症・睡眠・自殺リスクといった心の健康に与える影響を、最新の研究に基づいて解説します。
うつ病への影響:一時の高揚のあとに訪れる反動
お酒を飲むと一時的に気分がよくなりますが、それは脳の抑制系が麻痺するため。アルコールは「抑うつ剤」とされ、飲酒後に気分が落ち込む人も多く、うつ病の発症リスクを高めることが報告されています。
また、1杯程度の適度な飲酒でも予防効果は確認されておらず、逆に禁酒者の方が新たなうつ病の発症が少なかったという研究もあります。
不安障害:飲酒はむしろ「不安の種」
アルコールは一時的に不安を和らげる作用がありますが、その効果は短時間で消え、むしろ不安感が強まる「ハングザイアティ」状態に。不安障害のある人が飲酒を習慣にすると、徐々に量が増え、依存症リスクが高まることも。
*ハングザイエティとは「hangover (二日酔い)」と「anxiety(不安)」という2つの言葉を組み合わせたもので、二日酔いにしばしばともなう不安感のことをいいます。頭痛、吐き気、脱水症といった身体的な二日酔いの症状はよく知られていますが、ハングザイエティでは罪悪感、後悔、緊張感といった酔っていたときの自分の行動に対する心理的な苦痛がそれに加わります。
認知機能への影響:適量でも脳にダメージ
「ワインは認知症予防になる」という説は今では否定的です。イギリスの研究では、“適度な飲酒”でも記憶を司る脳の「海馬」が萎縮するリスクが上昇。少量であっても長期的には脳機能に悪影響を与える可能性があります。
依存症:飲まなければ絶対にかからない病気
依存症の入口は「1杯のつもり」から始まります。飲酒習慣のある男性の10〜20%が依存症に進行するとの統計もあり、完全な禁酒でのみ依存症リスクはゼロになります。「少しなら大丈夫」は大きな誤解です。
睡眠:寝つきはよくても眠りは浅い
「寝酒」は眠りの質を下げることが明らかになっています。アルコールは入眠を促しますが、レム睡眠を抑制し、夜中に目覚めやすくなるため、結果的に熟睡感が得られません。長期的には不眠が悪化する悪循環にも。
自殺リスク:判断力を鈍らせ命を脅かす
アルコールは判断力と自制心を低下させ、衝動的な自殺行動を助長する要因になります。自殺者の多くに飲酒歴があることが知られており、飲酒量が増えるほど自殺リスクが高くなることが国内外の研究で明らかになっています。
「精神的に良い効果」は幻想
「適量のお酒でリラックス」も一時的なもので、その後に強い不安や疲労が残ることが多いです。以前は「赤ワインが健康に良い」といった俗説もありましたが、現在はそうした主張を裏付ける確かなエビデンスはありません。
結論:精神面では「百害あって一利なし」
精神面においては、お酒は少量であっても健康リスクがあり、禁酒が最も安全です。
うつ・不安・認知症・依存・不眠・自殺——どれをとっても、お酒が改善に寄与するとは言いがたく、飲まないことこそがメンタルヘルスへの最善の投資です。
おすすめの行動
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「寝る前の一杯」をやめてみる
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ストレス解消に別の手段(運動、瞑想、対話)を使う
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「適量なら大丈夫」という神話から距離を取る
推奨リソース(参考文献)
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WHO(2023)「Alcohol factsheet」
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Topiwala A, BMJ 2017「Moderate alcohol and brain structure」
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Haynes JC, Br J Psychiatry 2005「Alcohol and depression」
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国立がん研究センター:飲酒と自殺のコホート研究(2019)